龍馬伝 あらすじと感想

大河ドラマ「龍馬伝」のあらすじ、感想、視聴率をまためました。 主演の龍馬役の福山雅治さんや広末涼子さんなど他の出演者たちの情報・エピソードをまとめた龍馬伝レビューブログです。



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龍馬伝 第48回(最終回) 感想

龍馬が誕生日に暗殺されたことは全く知らなかったです! ('◇'*)

龍馬がやってのけた奇跡ともいえる偉業は
この世に生を受けた時からの宿命だったのでは!? o(≧~≦)o

なんだか運命みたいなものを感じてしまいます (*'o'*)



一説では龍馬は○○○には将軍 徳川慶喜を入れようとしていた
といわれていますが・・・真相は謎のままです (;'~')

一つ確かなことは、自分は新政府には入る気がなかったことは
龍馬が自分の名前は書いていなかったことから伺え知れます

坂本龍馬という人物が本当はどんな人だったのかは分からないですが
このことからも一切の私心なく純粋に大きな “ 志 ” が
龍馬を突き動かしていたんだと思います ('▽'*)



龍馬と運命を共にすることとなった中岡慎太郎もまた
熱い “ 志 ” を持って時代を変えようとした一人です (o^―^o)

薩摩を憎んでいる長州を説得するために
身の危険を顧みず奔走する中岡は覚悟の詩を詠んでいます (`・д・´;)

≪中国の漢詩を現代意訳≫

 故郷を捨ててすでに三年

 家も知識も財産も求めず

 ただ国の為に報いたいと願ってきた

 仲間が大勢死んだとき

 私も共に死ぬべきだったのに

 いまだ死んでいない

 このまま無駄に生き続けること

 それは恥である




【鳥かごに入らぬ翔天の鶴 海陸を合わせ “ 翔天隊 ” 】

龍馬の “ 海援隊 ” と中岡の “ 陸援隊 ” を合体させた部隊です。

鳥かごには入らず天を翔けるという意味が二人を象徴していますね (〃'▽'〃)



龍馬と中岡は盟友でありながら全く正反対の性格をしていたようです。

武市半平太の妻 富が後に2人の印象を語っています。

柿を出しますと中岡様はうやうやしく「いただきます」と行儀良く食べ
最後は「ご馳走にあずかりました」と丁寧にお礼をしたそうです。(^-^)

一方、坂本様は種を吐き出しながらムシャムシャ召し上がりました。(^口^;)


また2人を知る元土佐藩士の政治家 板垣退助は後にこう語っています。

「中岡はもし生きていれば、西郷隆盛や木戸孝充と肩を並べる政治家に
 坂本は岩崎弥太郎のように実業家方面に発展していたはずだ」



金も後ろ盾も権力もない土佐で虐げられていた下士で
ましてや脱藩浪人の二人が成し遂げた偉業・・・

二ヵ月後には明治という新しい日本の姿を
一緒に迎えることができたはずなのに・・・ (>_<。)


慶応3年(1867) 11月15日 夜8時頃 京都 河原町 『 近江屋 』
で龍馬と中岡慎太郎は刺客に襲撃されます ヽ(;゚〇゚)ノ

龍馬は即死で、中岡は二日後の11月17日に息を引き取ります。
坂本龍馬33歳、中岡慎太郎30歳という若さでした (>_<)

旧暦11月15日は、現在で言うと12月中旬ぐらいということなので
龍馬の誕生日も現在でいうと12月ということになりますね (*^。^*)


暗殺者については京都見廻組が定説となっているようですが
実際のところ謎が多く、真相は未だ謎に包まれたままです (*・_・*)



暗殺の舞台となった近江屋は現在は現存せず 『 近江屋跡 』 として
【坂本龍馬・中岡慎太郎 遭難の地】という石碑が立ててあるだけです (;´□`;)

残念ですね・・・そのままで残っていたら
とても歴史的に貴重な建物になっていたことでしょうね (≧∩≦)


中岡慎太郎の命日となった11月17日 夜八時頃に
京 東山に二人の遺骸は埋葬されました (>_<。)

葬儀を執り行ったのは海援隊・陸援隊の隊士たちで
手には提灯を懐にはピストルを忍ばせ襲撃に備えたそうです (`・ω・´)

こうして二人は故郷の土佐から遠く離れた
京都の地で永遠に眠ることになりました (U_U。)



坂本龍馬・中岡慎太郎の墓が並んで建てられてある
『京都霊山護国神社』では11月15日に大正5年から毎年続けられてきた
“ 坂本龍馬・中岡慎太郎 墓前祭 ” 通称“ 龍馬祭 ”が催されています。

軍鶏鍋の仕度が出来る前に襲撃されたといわれ
最期に食べたかった軍鶏鍋を墓前に供えて供養するという行事です。

この軍鶏鍋は二人の故郷 土佐から京都へ毎年届けられ
軍鶏は中岡の故郷 北川村から届けられています (*^.^*)





『龍馬伝』のドラマでは絶対に外せない
弥太郎のキャラが最終回でも全開でした~ \(≧▽≦)丿

本当は龍馬のことが好きで好きでたまらない思いが
龍馬伝での弥太郎らしく描かれていました (*'-'*)

事実とは異なるストーリーだとは分かっていても
龍馬を助けようと必死になっている弥太郎を見ていると
胸に込み上げるものがありました (>д<。 o)。o


長崎時代の岩崎弥太郎の日記には

≪龍馬と酒を酌み交わして心ゆくまで話し合い
 自分の思いを披露すると龍馬は手を打って同意した≫

というようなことが書かれてあります。

ドラマのような関係ではなかったにしろ
実際にも龍馬とはとても親密にしていたようです (*^ー ^*)


龍馬が暗殺されたことを知った時 (ノ;'◇')ノ
実際の岩崎弥太郎はどんな思いだったのでしょう・・・ 。。ヘ(。≧O≦)ノ



新しい時代の流れを捉えた弥太郎は明治に入り“総合商社 三菱”を創業し
東京都千代田区丸の内に日本初のオフィスビルを建てて
新しい時代の流れを捉え次々と事業を拡大していきました (`┏д┓´)

ドラマでは金の亡者的な描かれ方をされていた弥太郎ですが
社員を慰労するために作った 『 清澄庭園 』 や弥太郎の屋敷は
関東大震災の際には開放され多くの人々の命を救ったそうです (*^▽^*)

会社だけではなく、国や国民のために仕事をしなけらばならない
と社員に訓辞したという弥太郎、龍馬の志を受け継ぐ思いが伝わります (*´v`*)


明治18年 弥太郎は満50年の波乱万丈の生涯を終えました。
葬儀に参列した人は3万人という桁外れのものだったといいます \(*゚◇゚*)/



幕末という動乱の中で現在に至る日本の未来を切り開いたのは
坂本龍馬や中岡慎太郎、岩崎弥太郎のような
低い身分の金もコネも無い若者たちだったのですね (*'o'*)

後に有名となった龍馬たちだけでなく、この時代にはもっともっと多くの
“ 志 ”を持った名も無き若者たちが時代を動かしたのだと思います (*´ー`*)


これが今からたった143年前に実際に起こった出来事なんですね・・・ (*μ_μ)

新しい時代の扉が開いて143年経った今・・・

龍馬はどんな思いで自分たちが切り開いた

未来を見ているのでしょうか・・・ (*'-'*)


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